2007年11月17日

「ほのめかし」についての考察


ほのめかし、或いは思わせぶりな発言について考える。

ここで言うほのめかしというのは、例えば「あの人がいうアレは、こういう意味だよね」のような、固有名詞や事象を特定するようなことを避け、背景や成り行きをある程度知っている人に向けた発言のことである。言葉というのは、自明の前提として何らかの意味を含んでいるものだが(それが伝わるかどうかは別として)、その意図を明らかに表出させず、「わかる人にはわかる」ようにする発話のことである。「ほのめかす」ということ自体は、肯定的・否定的という方向性とは別であり、また、意識的・無意識的な選択とも別であるのだが、共通することは「秘密」にしたいという意志の有無ということにしておこう。

で、「ほのめかす」ことが多く使われるのは、やはり言及対象に対して何らかの否定的な意見・意図を含むときだ。いや、多いということもないのだが、気になるのはそちらの方だろう。しかも、明らかに聞いている(読んでいる)人たちの大部分は何のことだかわからないような内容だが、なんだか自分の身近な場所(所謂、半径1クリックみたいな)や人についての言及のことである。(クリリン召還みたいな)

そういう「ほのめかし」は、誰しも(知ってか知らずかは別とすると)やっているものだが、あえて好んで「ほのめかし」を行う人というのはいる。それは何故だろうか。幾つか考えうる理由を挙げてみよう。

・ 言及対象を明らかにして否定的な意見を言うことにより、いらぬ摩擦を避けるため。
・ 秘密だが、誰かに伝えたくてしょうがないから。
・ 言及対象が聞いている・読んでいる前提での嫌味。
・ 自分の「言葉」の意図が理解・共有できる人にだけ分かればよいから。

ぱっと思いつきで適当に挙げてみたが、他になにかあればよろしく。

で、一番最後に挙げた理由以外は黙っていれば、摩擦は起きないし、秘密も漏れないし、嫌味を口にして嫌な気分になることもない。(人の勝手だというのは理解している)
それでもなお、口にせずにはいられないのは、やはり、気持ちを表現したい、誰かに理解してもらいたい、そしてできれば共有、または共感したいということではなかろうか。これは最後の理由にもつながる。

集団、或いは不特定多数の中での秘密の共有というのは、結束力を高めるには効果的だ。選民思想とまではいわないが、ある種「自分たちだけが情報を保持している」という状況は、軽く優越感も満たされ、自分はその「秘密」において、特別な関係なんだという意識も生まれやすいだろう。


とまぁ、好き勝手な考察をしてみたがどうだろうか。
他にもこんな理由があったり、こういう意図があったりするんじゃなかろうか?みたいなことがあれば、聞かせてもらえると嬉しい。

posted by suVene at 17:25