2007年07月04日

本当の友達


本当の自分、本当の幸せ、本当の友達……
今考えればなんとも青臭い話ではあるが、真剣にそれらの事について考えた時期があった。

同じようなことを考えたことがある人、こんにちは。
なかった人さようなら。

その中でも、俺が幼き頃(10歳〜15歳程度か)とりわけ真剣に考えたのは、「本当の友達」問題だった。
思い起こせば、「友達」というものは何なのか?という問いから始まった気がする。

何故このようなことを考えるようになったのだろうか。

そもそも俺は、遊ぶ友達がいないというタイプではなかった。
寧ろ、積極的に発言し周りを笑わせたりすることが好きだった(悪く言えば仕切りたがりでもあった)訳だが、ふと虚しさを感じていたからなのかもしれない。

では、何が虚しかったのだろうか。

さすがにその原因を客観視することは、昔のことだという理由と、自分自身のことだという理由で難しいのだが、それでも思いつく理由を挙げるとするならば、「うわべだけの付き合い」に意味があるとは思えなかったからだろう。意味が見出せなかったとも言える。
(人は何にでもすぐに「意味」を求めたがるものだろうが、とりわけその傾向が強かったように思う)

なんつーか、冗談言い合って笑ったりするだけだったり、そんなに深刻でもない問題を真面目ぶって話し合ったり、本人のいないところでは悪口を言ったり。そういうのが馬鹿らしく見えたっつー感じか。要するに、他人の建前的言動があほらしく感じた訳だ。まぁコレも今思うと俺が本音と建前を使い分けることが苦手であり、できなかったから嫌悪してるだけかもしれない。

そんな感じで、だんだん大人数で遊ぶということに対して苦手意識がでてきた。
何故なら、少人数でも本音で語り合う機会など少ないというのに、人が沢山群れれば群れるほど表層の部分での付き合いが増えるからだ。
個々の友達とは遊んだりするのだが、それが沢山集るとどうもダメだった。

そうして、少し孤独な時間が増えた。

今なら孤独な時間も大切に思えることもあるのだが、その頃の孤独な時間は、ただただ内向的に思考を巡らせるに十分な状態だった。

そしてひたすら考えた。

「友達」とはなんなのだろうか。友達とは、楽しい時間を過ごす為の知り合い以上であり、親友未満のうわべだけの関係なのだろうか。では、「親友」とは何か。困った時に助け合えれば親友だろうか。本音を晒す事ができればよいのか。しかし、親友でなくとも困っていれば助けることもあるだろうし、そんなに仲良くなくとも本音で語り合うこともある。俺は誰かを親友としてみているだろうか。誰かは俺を親友として認めてくれているだろうか。……

まぁ、堂々巡りである。
考えて答えがでる問題でもない。
ましてや、人間同士の付き合いに関して考えるには経験が圧倒的に足りなすぎた。


しかし、そんな俺もいつのまにか、「本当の友達」について考えなくなっていた。
まさに「いつのまにか」だ。
では俺は「本当の友達」が見つかったのだろうか。それとも、「本当の友達」など必要なくなったのだろうか。そうではなく、「本当の友達」など存在しないと考えたのだろうか。

その答えをここで書くのは今はやめておく。
そんなことよりも、ここを読んだ人達が「本当の友達」「親友」、そして「友人」という人間同士の関係をどのように認識しているか聞いてみたいものだ。
「男女間の友情は成立するか」なんて話はその後でも遅くはないだろう。

posted by suVene at 10:00