2007年01月30日

りんごの実とムラ


 このムラには大きなりんごの木が幾つもある。このムラのりんごの実はとても栄養が豊富で、一生食べても飽きない味だと思われていて、そのりんごの実と水さえあれば生きていける。
 このムラには大きなみかんの木も幾つかある。このムラのみかんの実はそこそこ栄養があるのだが、味がそんなにおいしくないと思われているので、このムラではみかんは食べない。食べてはいけない事はないのだが、みんな食べない。

 このムラでは、りんごを食べるのが当たり前であり、このムラのムラビトはみんなりんごが好きだと思っていて、りんごが嫌いだなんてとんでもない話だと思われる。それでも極々たまにりんごが嫌いな人もいる。しかし、このムラではりんごを食べるのが当たり前であり、りんごを食べなくては生きていけないので、頑張ってりんごを少しだけ食べて、後はみかんを隠れるように食べる。

ある時りんごが大好きなムラビトは、そんなみかんを食べているムラビトを見つけてこう言う。
 「りんごを食べればいいのに」
りんごが嫌いなムラビトはこう言う。
 「そうだね。りんごを食べればよいね」

 何故なら、りんごが嫌いというのは常識はずれであり、みんながりんごを食べているのでそれに抗おうとはしない。そして、りんごが嫌いなムラビトは((りんごが嫌いな自分が悪いんだ))と思い込み、頑張って嫌いなりんごを食べては隠れるようにみかんを食べる。
 りんごが嫌いなムラビトはいつも周りに気を使っている。何故なら、親からは「りんごを食べなくてはいけません」と躾けられ、周りの人からは「何故りんごを食べないのだろう。この子はどこかおかしいのではないか」という目で見られ、友達と食べに出かけた時も「何でおまえはりんご食べないの?皆で食事に来ているのだから食べなよ」と言われてきたからだ。


 そんなムラにも流石にりんごが嫌いなムラビトは他にも数人いて、その人たちは周りの「りんご食え」攻撃に嫌気が差し、反発するようになり、みかんが好きなものどうし、堂々とみかんを食べて暮らしている人たちがいる。そしていつも「りんごが好きだなんて馬鹿だ」「りんごなんて人間の食うものではない」と口にする。多くのムラビトは、その集団を奇異の目で見ていて、お互い対立している。そんなみかん好きなムラビトの一人が、隠れてみかんを食べてるムラビトを見つけてはこう言う。
 「りんごなんて食べなくていい。みかんを食べても生きていけるんだ。そして共にりんご好きと戦おう」


 ある日、旅人が訪れた。その旅人は歓迎され、食事に招かれた。勿論りんごのフルコース。旅人はこれはとてもおいしいりんごだと喜んで食べていたが、ふと気づくと何だかとても苦労してりんごを食べている人を見つけた。そして旅人はこう言った。
 「君はりんごが嫌いなのだろう。このムラにはみかんもあるし、みかんを食べればいいのに」
りんごが嫌いなムラビトはそれを聞いて怒り出す。
 「りんごが嫌いだなんて言わないでください!りんごが嫌いだなんてとんでもない!」
周りのムラビトもこう言う。
 「そうなんです。この子ちょっと変わってるんですよ。でも、本当はりんご好きのいい子なんです」

 次の日旅人は、みかん好きの集団にも歓迎され、食事に招かれた。勿論みかんのフルコース。旅人はこれはとてもおいしいみかんだと喜んで食べていて、ふと昨日のことを思い出してこう言った。
 「このムラは、りんごもおいしいけれど、みかんもおいしいねぇ」
それを聞いた、みかん好きの人は怒り出す。
 「りんごなんておいしくも何ともない!なのに、このムラではりんごが好きじゃないというだけで変人扱いだ!」
旅人は思った。
 「別にりんごが嫌いでもかまわないし、みかんが嫌いでもかまわないのに。りんごが好きな人はりんごを食べればいいし、みかんが好きな人はみかんを食べればいいのになぁ」


 このムラではりんごが好きでないといけない。りんごが嫌いなものはそれを隠して生きていくか、りんごが好きなものと戦いながらみかんを食べてい生きていくかするのだ。それがどんなに外部から見て馬鹿らしくても。

 そして何より、このムラでは旅人は生きていけない。りんご好きにはムラの皆がいて、みかん好きには小数ながらみかん好きの仲間がいるが、旅人には誰もいない。誰にも相手をされない旅人は、旅に出るか死ぬしかないのだから。

posted by suVene at 13:41