2006年12月03日

「「男は女にやさしくすべき」と考える不幸へのコメント」を読んで


法務だけど理系女子の綴るblog: 「男は女にやさしくすべき」と考える不幸へのコメント -「病院に行け」の怖さと、スルー力より議論力の重要性と、「優しさ」意味-という記事の話なんだが、その前に月経前緊張症(PMS)に関する記事 ってのがあって、PMS に対して無知だった俺にとって、とても勉強になった。

 少なくとも、生理現象や自己コントロールのできない症状である以上は社会的にある程度対処する必要があるべきだし、病院に行って「病気」と診断されないのならば「自己申告によるPMS」の手続きに関しても考えないとダメなのかもしれない。(かなり難しそうだけど)

 まぁ、その辺の議論は特に深い関心はないのだが(コメント欄も全部読んでない)、その次の entry として件の記事があって、それに対してなんだか疑問をもった。最初は「一部の女性に対して、一般化している事」が問題なのかと思ったが、そうではなくて

「男は女にやさしくすべき」ではなく、「PMSである人に、周りの人が」という問題なんじゃね?

 と思った。まぁ、俺がタイトルに引っ張られすぎてるのかもしれないのだが。

 当然の事ながら、同じ女性でも個人差があって、全然たいした事ない人もいれば、とんでもなくひどい人もいる。そして、PMSで苦しむのは女性である必要があるが、だからといって女性にハンデキャップがあるというのはあまりにも飛躍した直結である。(可能性があるという考慮はあってもよいだろうけど)

 当該entryは、月経による人格形成の話にまで論点を広げているので収束つきにくくなるから、その部分には言及しないが、少なくとも「男は女に」とか「女は男に」とか言う話じゃないなーと思ったッつー話。

 まぁ、俺が読みきれてないだけかも知れん感想だが。

 蛇足になるが、引用もとの著者は「議論」がしたいのに周りの反応が極論過ぎると嘆いているようだが、「スルー力」「議論力」「優しさ」などといった、一見全ての人に共通認識がありそうで実は結構ずれているような言葉を使いながら主張したところで、論点のずれがでてきやすいので、「意味を定義」するか「範囲を絞る」かした方がよいのではないかと思った。後、主張したい事柄とその前提も絞らないと、どんどん拡散するだけだろう。


法務だけど理系女子の綴るblog: 女の子が子供を産むために払っている犠牲の一例
法務だけど理系女子の綴るblog: 「男は女にやさしくすべき」と考える不幸へのコメント -「病院に行け」の怖さと、スルー力より議論力の重要性と、「優しさ」意味-

posted by suVene at 23:55